大判例

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東京高等裁判所 昭和32年(行ナ)46号 判決

原告 株式会社日新堂

被告 特許序長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、「昭和三十年抗告審判第七七〇号事件について、特許庁が昭和三十二年八月七日にした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、原告は昭和二十九年十一月十日別紙記載のように、日の出の図形の下に「ひので」と書いてなる原告の商標について、第四十三類カステーラ、キヤラメルを指定商品として、その登録を出願したところ(昭和二十九年商標登録願第二七、四九三号事件)、昭和三十年三月十日拒絶査定を受けたので、同年四月十六日右査定に対して抗告審判を請求したが(昭和三十年抗告審判第七七〇号事件)、特許庁は昭和三十二年八月七日原告の抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は同月十四日原告に送達された。

右審決は、別紙記載のように「サンライス」の文字からなる登録第四一八二二八号商標を引用して、右登録商標と、日の出の図形の下に「ひので」と書いてなる原告の商標とは、観念と称呼の上における類似の商標であると認定し、原告の出願にかかる商標は、商標法第二条第一項第九号に該当し、登録することができないものであるとしている。

二、しかしながら右審決は次の理由によつて違法であつて、取り消されるべきものである。

(一)  審決は前記引用商標の「サンライス」は英語の「Sunrise」の「サンライズ」であると論結し、これを基礎として、原告の出願商標との類似を判定したのであるが、これは立論の基礎を誤り、そのために何等観念上も称呼上も類似しないものを類似すると断定するに至つたものである。

そもそも商標は、文字、図形、記号又はそれらの結合からなる具体的な形象であつて、この形象から、無形の観念たる称呼を生じ、観念を生ずるとはいえ、その無形の称呼又は観念が商標ではなく、商標はあくまで、そこに具体的に表現された有形の形象自体である。従つていま「サンライス」なる文字からなる引用商標は、あくまで「サンライス」であつて、「Sunrise」でもなく「サンライズ」でもない。この商標が何を意味し、何を現わすものであるかの観念の確定も、あくまで「サンライス」の文字そのものについてなさるべく、これを「サンライズ」にもじつて判断することは許されない。この場合「サンライス」が「サンランズ」に発音上似ているとしても、その故に「サンライス」の商標を以て、すなわち「サンライズ」なりと断定することはできない。すなわち甲商標が発音の上で乙商標に似ているということと、甲商標はあくまで甲商標であつて、乙商標でないということとは、厳に区別して観念する必要があり、審決が前述のように説示したのは、説明がいかに巧妙になされたにせよ、畢竟この法則を無視した謬説たるを免がれない。

(二)  引用商標は「サンライス」の文字からなるもので、この文字は客観的には意味のない独創語でしかなく、それ自体「日の出」を意味するものではない。

審決はこの「サンライス」と英語の「Sunrise」との語尾における清濁の相違は、経験則上無視すべきであるとの趣旨を判示しているが、それは韓国人ならいざ知らず、日本国民には通用しない議論と思われる。ロースとローズ、コースとコーズ、ヒノテとヒノデ等々、清濁の区別は洋の東西を問わず、甲語と乙語とを分別する上の重要な一ポイントをなすものであり、この区別を無視して「清濁同視すべきである。」となすが如きは、そもそも言語学の根本を誤つた謬説といわなければならない。いわんや商標というものは、本来理窟抜きにしたもので、ある言葉を奇想天外的にもじつて創造した独創語である場合が、むしろ商標界の普通の状態であるのに鑑みるとき、引用商標の、「サンライス」が、ことさらに語尾を清音の「ス」にもじつて、「サン」(太陽)と「ライス」(米)にした点こそ、該商標の他に誇るべき唯一の特異性といわなければならず、これをおせつかいに、「サンライス」は「サンライズ」の筈だなどと他から独断することは、折角の当該商標の特異性、生命を殺してしまうものといわなければならない。

(三)  審決は、原告の出願商標に対し、「英語知識が一般化している現在、「ひので」の文字及び「日の出」の図柄を一見したとき、「Sunrise」であることも直ちに想起し得るものであることが常識的であるから、「サンライズ」の称呼をも生ずるところであるといわなければならない。」として、この商標の称呼を「サンライズ」であると確定されたが、是れまた甚だしく行過ぎの論である。

「日の出」の英訳は、正に「Sunrise」である。従つて「日の出」の文字及び図形からなる商標が、英語の「Sunrise」なる商標と比較された場合に、彼此観念を同じくする点において、観念上の類似商標に属することはいうまでもない。しかしそれは飽くまで、この二つの商標の類否比較において、しかも観念上においてのみそうだというに止まり、これと「Sunrise」と書いた商標の、通常の「称呼」が「日の出」であるといい得るかどうか、「日の出」の文字及び図形からなる商標の通常の「称呼」が「サンライズ」であるといい得るかどうかは、おのずから別個の問題である。

およそ商標の称呼は、そこに表示されたものから、最も端的に出る称呼を以て、その称呼となすべきであろう。そこに書いてある文字を、英訳して呼んだらどうなるであろうかとか、邦訳して呼んだらどうなるであろうかなどという詮議は、通常行われないのが本則である。従つて「日の出」の図形に「ひので」と書いてなる本件出願商標から、端的に自然に出る称呼は、「ヒノデ」であつてこれ以外ではない。これをわざわざ「サンライズ」なる称呼を以て呼ぶということは、少なくとも通常の事態としてあり得ないことである。

(四)  なお、被告代理人は、本訴において、英語知識が一般に普及している今日、「サンライス」の文字は、英語の「Sunrise」であるとするのが社会通念上妥当性の存するところである。と主張するが、事実はむしろ反対である。

すなわち国民大衆が日常出入する街の大衆食堂には、カレーライス、ハヤシライス、カツライス、オムライス、チキンライス等各種のライスがあり、これらのあるものは一般の家庭料理にまで普及していて、いまや何々ライスなる語は、国民大衆が、文字通り日常茶飯の間に常用する日本語となつている。こうした国民大衆の何々ライスに対する習熟、経験からすれば、「サンライス」のライスをこの方面に結びつけて考え、「サンライス」という面白い名のライスだと観念するであろうことは、まことに当然であり、そしてそんな「サンライス」などという奇妙なライスが、実際には存在しないところにこの商標の特異性があり、右商標が創造語であるという所以がある。

(五)  特許庁審決によれば、商標法第二条第一項第九号は、もつぱら先登録権利者の個人的法益の保護を目的とする規定だということである。

ところで引用登録商標の商標権者がなぜその商標を「サンランズ」とせず、特に「サンライス」として出願したか、それは当時他の先登録商標の「日の出」印が現存していたので、「サンライズ」としては到底登録を得られないことが判つていたからに外ならない。従つてこの商標権者としては、自己の得た「サンライス」商標権の効力が、「日の出」印に及ぼし得ないものであることは、当初から知りつくしていることであり、従つて今更他の者が「日の出印にまで及ぼし得る権利だ」として押し付けることは、権利者自身の予期に反する不当の権利保護となるのである。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因に対して、次のように述べた。

一、原告主張の請求原因一の事実は、これを認める。

二、同二の主張は、これを否認する。

原告の本件出願にかかる商標と、引用にかかる登録商標の構成は、それぞれ別紙に記載されたとおりであるから、たとい両者は外観上互に区別することが出来る差異があるといえても、観念上においては、前者は「日の出」の構図と「ひので」の文字よりなる「日の出」の観念を有するものであることが極めて明白であり、後者においては、「サンライス」の片仮名よりなるものであつて、これを観察するときは「サン」すなわち「Sun」と「ライス」すなわち「Rice」の欧語を綴り合せたという解釈も出ないところではないが、しかしながら「サンライス」の片仮名は一連に連記されているところであること明らかであり、かつ英語の「Sunrise」(日の出)は、その発音を「サンライズ」といわなければならないところであることはいうまでもないが、末尾音の「ズ」と上記の「rise」の末尾音の「ス」の呼称は尾音にある関係上極めて不明瞭にしか聴き取れないばかりでなく、その発音上においても極めて近似しているから、「日の出」の英語「Sunrise」の発音は、とかく「サンライス」とも聴き取られ勝ちである。最近の如く英語知識が一般に普及されている今日「サンライス」と一連に発音したとき、特殊条件にある場合でなければ、普通には直ちに「Sunrise」すなわち「日の出」を想起するところであるという方が、社会通念上妥当性の存するところである。してみればこの「サンライス」の文字からなる上記引用登録商標は、「Sunrise」すなわち「日の出」の観念をも生ずるところであるから、両商標は、「日の出」すなわち「Sunrise」の観念を共通にするところがあるといわなければならない。

また両商標をその称呼からみるときは、英語知識が一般化している現在「ひので」の文字特に「日の出」の図柄を一見したときは、「Sunrise」であることを直ちに想起し得ることが常識的であるから、前者は「サンライズ」の称呼をも生ずるところであるといわなければならない。してみれば仮名の「サンライス」とは、末尾で「ズ」を「ス」の相異のみで、全体の称呼は、極めて近似した発音で、この点でも互に類似たるを免れない。

以上のように両商標は、観念上においても、また称呼上においても、取引上彼此誤認混淆を生ぜしめるものであり、両商標の指定商品は牴触しているから、結局本件出願商標は、商標法第二条第一項第九号によりその登録を拒否すべきものである。

第四証拠〈省略〉

理由

一、原告主張の請求原因一の事実は、当事者間に争がない。

二、右当事者間に争のない事実と各その成立に争のない甲第一号証の一及び乙第一号証(甲第二号証の一に同じ)によれば、原告の出願にかかる商標は、別紙記載のように、日の出の図形と、その下方に「ひので」の文字を左横書にして構成されており、また審決が引用した登録第四一八二二八号商標は、別紙記載のように、「サンライス」の文字を縦書にして構成されていることを認めることができる。

よつて右両商標が類似するものであるかどうかを判断するに、先ず両者がその外観において相違することは疑がない。次に称呼についてみても、原告の出願にかかる商標はその構成から、「ひので」印と呼ばれ、引用商標は「サンライス」と呼ばれることが、これら商標の取引における自然の称呼と解せられる。(従つてこの点、審決が原告の出願にかかる商標から、「サンライズ」の称呼をも生ずるものと判断したことは、当裁判所の賛同し得ないところである。)しかしながら引用の登録商標、「サンライス」は、審決もいうように、「日の出」の意味をあらわすものとして、わが国においても広く理解されている英語「サンライズ」と、その外形及び発音において、極めて近似しているものであるから、この商標を使用した指定商品(ビスケツト及びその類似品を除いた菓子及び麺麭の類)の購買者のうちには、これを原告の本件商標と同様に、「日の出」の意味を表わした商標として理解し、記憶するものが決して少なくないものと解せられる。

してみれば、右両商標は、その観念を共通にし、互に類似するものというべきであるから、審決が原告の出願商標は、商標法第二条第一項第九号により登録することができないものと判断したことは、結局相当であるといわなければならない。

三、原告は、引用の登録商標の「サンライス」を、審決が「サンライズ」であると論結し、これを基礎として原告の出願商標との類否を判定したことは、引用商標でないものをしいて引用商標としたものであると非難するが、審決のいわんとするところは、結局引用の登録商標は、原告の出願の商標と、その称呼と観念とを共通にすることにあり、称呼に関しては、右見解の採ることができないことは前述のとおりであるが、両者が観念を共通する点に関しては、当裁判所の判断とその論結を同じくするものであるから、これを以て審決取消の事由とすることはできない。

四、原告は、なお引用の登録商標「サンライス」は、国民大衆が日常茶飯の間に常用し、すでに日本語となつている「米」の意味を有する「ライス」と「太陽」の意味を有する「サン」とを結合して創造した独創語であり、これを「日の出」印にまで及ぼすことは、権利者自身の予期に反する不当の権利保護であると主張するが、前述したように引用の登録商標を使用したその指定商品を購買する者のうちには、これを「日の出」の意味を表わした商標として理解し、記憶するものが決して少なくないものと解せられる以上、これら購買者等が彼此の混同誤認から被るべき不測の損失を、あらかじめ防止する措置を購ずべきことは当然であつて、この点についての原告の主張も、これを採用することができない。

五、以上の理由により、原告の出願にかかる商標は、商標法第二条第一項第九号に該当し登録することができないとした審決は適法であつて、これが取消を求める原告の本訴請求はその理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のように判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 入山実)

(別紙)

本件出願商標〈省略〉

引用の登録第418228号商標〈省略〉

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